作付面積

大気圏内(対流圏内)で発生した核爆発については、エネルギーは概ね以下の4区分により放出されている。 上記は一般的な核兵器の場合であり、中性子爆弾など核兵器デザインによっては、エネルギーの分配が大きく異なる場合がある。水中や地表・地下等で爆発させた場合も、エネルギーの分配が異なり、衝撃波(地震波)を発生させる。 核爆発に際しては、最初に放射線が放出され、ついで熱放射が出される。放射線により発生した火球は数百万度の温度となり膨張し、衝撃波・爆風を発生させる。また火球により上昇気流が発生し、キノコ雲が生成され、放射性降下物を周囲に散布する。 核反応により発生した放射線により大気中の原子が励起され、温度が上昇、高温・高圧の火球が形成される。この火球は数百万度の温度を持ち、表面に衝撃波を形成しつつ急速に膨張する。火球の膨張が停止する段になっても、衝撃波はより広範囲に爆風となって拡散する。大気圏内核爆発においては最も直接的な被害を引き起こすものである。高高度大気圏(高高度核爆発)や宇宙空間においては、大気分子が少ないために、火球の生成は活発なものとならず、放射線として放出されるエネルギーの割合が高くなる。そのため、高度が高いところの核爆発であるほど爆風の影響は減少する。 爆風の外側への拡散の後には、強風が爆心地に向かって逆に流れるが、これは膨大なエネルギーによって爆発中心部の空気が四方に発散しほぼ真空状態になるためである。 爆風の風速は300m/sを超える場合もあり、それは数秒間持続する。衝撃波も含めて、人工物や人体に対し致命的な打撃を与える。 核爆発に伴う火球からは紫外線、可視光線、赤外線領域においても多量の電磁波放射を伴う。多量の赤外線は、核出力に連動する光線の持続時間や光線量などにも影響されるが、木や紙等の可燃物を燃焼させるには十分な威力を有する。なお、天候の影響を受けやすく、多湿な環境であれば熱放射は阻害される。広島市への原子爆弾投下においても木造建築物の火災発生が見られた。 核爆発の熱放射に伴う火災は同時多発的であり、集合して大規模火災に成長する危険性がある。大規模火災には風が流入することで高温を発生させる旋風火災と、火災が徐々に燃え広がっていくコンフラグレーション(大火)の二つがある。旋風火災である場合、その高熱と燃焼反応によって多くの人を熱傷・窒息死に至らしめる。コンフラグレーションの場合、比較的避難の時間があるが、核爆発においては熱放射による火傷や放射線・爆風により負傷していることもあり、迅速な移動が困難で被害を拡大させる。 また、人体においては、火傷の発生の他、可視光線よる網膜損傷、赤外線による網膜火傷などを負う場合がある。なお、人間は体の30%以上の表皮が熱傷になるとショック状態となり、致命傷となる。また、物体の色による温度吸収に大きな差が発生する。爆撃機においては核爆発の熱放射を避けるために白色塗装が行われていた。 核爆発によって発生したガンマ線は大気中の分子に作用し、コンプトン効果により自由電子を作り出す。これらは電磁パルスとなり、アンテナ・ケーブルなどを通じて、防護されていない電子機器を使用不能とする。低層大気圏中においては、濃密な大気の影響によりその影響は限定的となるが、高層大気圏中における核爆発においては、ガンマ線がより遠くに届くこともあり、広範囲に影響を与えるものとなる。 核反応に伴って中性子線、ガンマ線、アルファ線、電子線などの電離放射線が放出される。放射線の強度は、爆心地ほど強く、距離が離れるに従い、その強度は急速に減衰する。減衰度は種類によって異なり、ガンマ線は中性子線より減衰度が小さい。そのため、爆心地付近においては放射線中の中性子線の占める割合がガンマ線より高いが、爆心地から離れるに従いガンマ線の割合が高くなり、より遠距離までガンマ線が到達する。電離放射線は放射化生成物をもたらし、キノコ雲や爆風により周囲に放射性降下物を散布する。放射性降下物の散布範囲は気象条件に大きく左右され、爆風や熱放射より広範囲に影響を与える。放射性降下物からも二次的な放射線が放出される。物質にもよるが、大半が短命に崩壊する物質であるので、49時間で100分の1、2週間後には1,000分の1にまでその線量は低下すると考えられる。 人間は短期間に600レム(6シーベルト)の線量を浴びれば致命的な病気を発生させ、数週間のうちに絶命すると推測されている。450レムであれば被爆者全体の半数が致命的な病気にかかり命を落とすが、半数が生き残り、300レムならば被爆者の10%が死亡し、50レム - 200レムならば眩暈や抵抗力が低下するなどの症状が現れ、50レム以下ならば自覚症状はないが、何らかの損傷を負っている可能性が高い。遺伝的な影響も懸念されるが、放射線影響研究所(RERF)による約12,000人を対象にした調査によると、被爆2世への遺伝的な影響を示す証拠はない。ただし、放射線と生体の影響については科学的な論争が存在する。 人体に対して各効果は相互作用することが考えられる。例えば、核放射線と熱放射の相乗効果を考慮した場合、放射線を大量に浴びた人間の循環系には大きな損害が与えられ、熱傷の回復力が大きく低下することが動物実験で示されている。すなわち、放射線さえ受けなければ回復する熱傷であるにもかかわらず、回復不能で死に至る場合が考えられる。 地下・地表核爆発の効果の一つとして、大規模なクレーター生成の可能性があげられる。生成されるクレーターの規模は爆発威力や爆発深度による。 1) 地上被害半径ではなく、核爆発の中心からの影響範囲。 2) 致命的なものを10グレイ、障害発生を1グレイとした場合。 核兵器の開発の初期には、大気中の窒素原子燃焼説が唱えられたことがあった。大気中の窒素が核反応により酸素と炭素に変わり、それが燃焼するというものであった。これは後に否定されている。 核爆雷(かくばくらい Nuclear depth charge)は核為替 を使用した爆雷である。 核兵器の一種であり、対潜兵器として潜航中の潜水艦攻撃に用いる。通常爆薬を使用した爆雷よりもはるかに威力が大きく、至近距離の炸裂でなくとも潜水艦にダメージを与えることができる。詳細な敵潜水艦位置の測定や精密な誘導を必要としないという特徴を持つ。 核爆弾の実用化とともに核爆雷も実用化の研究が進められ、1950年代には実用化が行われた。核出力は可変であり、炸裂深度も目的・目標に応じ変更させることができた。核爆雷の運搬手段としては、対潜哨戒機からの投下のほか、 ミサイルの弾頭部として用いられた。爆発威力が大きすぎるために、巻き添え防止のため、艦船から直下への投下は行われない。 アメリカ合衆国・イギリス・ソ連で核爆雷の配備が行われたが、誘導魚雷の発達や核兵器の使用可能性の問題により、退役した。 核武装論(かくぶそうろん)とは、厳密には核武装における利得(具体的には安全保障政策における「手段」としての核武装)を論じたものであるが、一般的に、広義においては「国防において核武装をおこなうべきだ」という主張、狭義においては「日本が核武装すべきだ」とする主張である。いずれにせよ「まだ核兵器を保有していない」国家における主張であり、核兵器保有国においてはすでに保有する核兵器をどのように運用整備するのかという核戦略として語られる。 日本において原爆が具体的に語られたのは、1940年に仁科芳雄博士が安田武雄陸軍航空技術研究所長にウラン爆弾の研究を進言したのが始まりと言われる。 以後、陸軍は1941年に理化学研究所に原子爆弾の研究を委託(ニ号研究)、海軍は1942年に核物理応用研究委員会を設けて原爆の可能性を検討した。しかし当時は人形峠(岡山県・鳥取県境)のウラン鉱脈の存在も知られておらず、ウラン鉱石の入手はもっぱらナチス・ドイツとの連絡潜水艦に頼る状況であり、ウラン爆弾1個に必要な2トンのウラン鉱石の確保は絶望的であった。 1945年6月には陸軍が、7月には海軍が研究を打ち切り、日本は敗戦を待たずして原爆研究から撤退した。詳しくは日本の原子爆弾開発を参照。 ソビエトからのIPO の脅威を回避するためには、日本も核武装し抑止力を持つべきだと言う主張が行われた。一方日本が冷戦期に核武装しなかったことで、ソ連が日本に対して軍事的行動に出られなかったという主張も存在する。ただし日本は米の核により守られていたのでこの見方が成り立つとは考えにくい[1]。 尚、NPT条約の締結以前、非核三原則以前であれば日本政府は「防衛用核兵器は憲法上保有しうる」という見解で核武装の完全な否定はしていない。しかし日米安保体制にある限り、やはり戦略核抑止について論じられることはなく、戦術核に言及されるのみである。 当時、核弾頭の運用が可能な兵器としては航空自衛隊のナイキJ、海上自衛隊の対潜爆雷、アスロック、陸上自衛隊の155ミリ榴弾砲、核地雷が考えられた。いずれも精密誘導兵器の発達によって必要性が無くなった分野である。 日本の近くには南北朝鮮/中国台湾という分断国家が存在し、潜在的な危機が存在する。中国/北朝鮮両政府の一部の軍人は、公式非公式に「統一のためには核戦争すら厭わない」と発言している[要出典]。 ただし、北朝鮮は技術的、外貨預金 な問題から実戦的な核戦力を構築するのは当面無理である。人民解放軍高官による「核戦争を辞さず」の発言は「核戦争で先進国と共倒れても、生き残った国民の数で勝るから復興速度も速く、故に核戦争後の覇者になれる」というもので、このような発言を真に受ける限り中国相手に核抑止は成り立たない事になってしまうが、現実には1979年の中越戦争では軍事的に敗北していながら、ベトナムがソ連の後ろ盾を得ていたことから核を使用できなかった。 また中国は台湾の問題についても、1996年に台湾民主化の先鋒である李登輝が台湾総統に就任すると、中国政府は台湾への武力制裁を示唆したが、アメリカ軍が空母を派遣して威嚇したため戦争にはいたらなかった。その後、人民解放軍の朱成虎少将などが「台湾紛争に軍事介入するなら中国はアメリカに核兵器を先制使用する」などと、頻繁に核使用を示唆するようになったが、これは台湾問題でのアメリカに対する外交上の牽制と見るのが妥当である。